ゥチのルーツと『宝剣のエチュード』

「このスーパーのカードはよく使うから手前に置いてんねん」祖母が財布の中身をどうやって整理しているのかについて話す。そのとき、在留カードを他のカードで挟んで人からは見えないように入れていると教えてくれた。

祖母は在日韓国人である。彼女のルーツは彼女にとって日本では隠さなければいけないものなのだ。

 

 今年の夏からものすごくハマっているゲームこと、『魔法使いの約束』。魔法使いと人間が共存する世界にプレイヤーが”賢者”として召喚され、”賢者の魔法使い”と呼ばれる魔法使いたちと一緒に世界を救う、というのが主なストーリーだ。物語がべらぼうに面白く、ストーリーを読むたびにぐわー!とのたうち回っている。

その物語の中で私を特に引き付けたのは、人間から魔法使いへの差別の描写だ。人間たちは自分達には使うことのできない強大な力・魔法を使う魔法使いたちを恐れたり、崇めたりしている。メインストーリーではその状況を説明すべく、人間からの差別や偏見が描かれている。魔法使いたちが人間たちに浴びせられる差別発言はどこかで聞いたことのある言葉ばかりで、中でも私が心揺さぶられたのはあるイベントストーリー内で放たれたセリフだった。そのイベントが『神聖なる宝剣のエチュード』である。

神聖なる宝剣のエチュード 〜中央の国&東の国〜

イベントストーリーのあらすじは、「革命を起こし、中央の国を建国した初代国王の伝説の剣を呪いなどに悪用されないよう、現在教会に安置されているところから、賢者の魔法使いが守れるように中央の国のお城に移そうと教会に提案する。しかし魔法使いを信用せず、その提案を頑なに拒む教会の司祭長。にっちもさっちもいかないため、特殊任務と題して教会に侵入して宝剣を持ち出しちゃおう!作戦を実行するが、教会には宝剣を求める過去の革命軍の霊が彷徨っていて…」という感じ。

そのストーリーで描かれたあるシーンで私は深く傷つき、その痛みはすでに知っている痛みだと感じた。それは魔法使いたちと教会側との会議のシーンにて、「私たち魔法使いの誠実さを信用してくれないか?」という言葉に司祭が放った、魔法使いであることを隠して王国の騎士を務めていた賢者の魔法使いの1人・カインに対するセリフである。

『魔法使いだということを隠していたそうだな。お前が誠実な青年だったなら、堂々と名乗っていたはずだ。なぜ隠していた。』

 

どうして、自らが「魔法使い」だと名乗らなかったのか。

これは自分の属性を明らかにしても安全であると確信できないからである。自らが「魔法使い」だと名乗ることで正当な判断をしてもらえなくなり、その場所から排除、さらには自分や周囲が加害される可能性が0ではないからだ。これを恐れたカインの母親は、魔法使いであることは誰にも言わないでと言い、彼はその言いつけを守っていた。名乗らなかったのではなく、名乗”れ”なかったのだ。

この「魔法使い」の部分には立場の弱い様々な属性を当てはめることが可能であると思うが、私は読みながら「これ、在日(韓国人)の話…?!」と思った。

”名乗る”は自分の名前や身分などを相手に伝える行為である。在日韓国人はこの”名乗る”ことについてのヘイトスピーチに晒されている。

在日韓国人は、韓国の民族名と”通名”という日本式の通称名の複数の名前を持っている。通名は”創氏改名”という、元々彼らが持っていた朝鮮の民族名を廃止して日本式の名前を新しく付ける、日本が朝鮮や台湾に行った植民地支配政策の一環によって作られたものである。そして、日本の植民地支配解放後も日本にとどまった韓国人たちは本名を名乗ることで差別されることを危惧し、日本で生き抜くために通名を使わざるを得なかったという背景がある。しかし在日韓国人に対するヘイトが激しくなる中でこの通名に対し、「やましいことがないなら本名を名乗れ」というようなヘイトスピーチが見られるのだ。

なぜ、民族名を名乗らないのか。在日韓国人は、名乗れば差別される可能性があるからだ。また、その人個人がどちらの名前にアイデンティティを感じているのかどちらを本名だと感じているかという部分にも想像が及んでいない。怒りが込み上げる。

日常のふとした瞬間に差別に触れて心が冷え、それと同時に怒りで頭が熱くなるあの感覚を、キャラクターを通して追体験させられた。あのセリフで魔法使いがどれだけ傷つくかを私も知っていると思った。

『魔法使いの約束』において人間による魔法使いへの差別は大きな要素であり、このイベントストーリーでは根本的な解決がなされることはなかった。だが、賢者の魔法使いであり、中央の国の王子であるアーサーがこのイベントストーリー9話にて、

『世界は変えられるよ。心配しなくていい。人も、魔法使いも、手を取り合って、信頼しあえる世界はきっと訪れる。』と、過去にそんな理想の世界を求めて散った霊たちへ語りかける。

世界は変えられると私も思いたいし、思っている。思わなければ、やってられない。

アーサーは被差別属性の魔法使いであり、王子という為政者の立場からこの問題の解決を目指している。しかし差別の解消には差別される側の働きかけだけではなく、差別する側の意識の変化も求められる。『魔法使いの約束』に限らず、フィクションにてこのような痛みを再現することは、それを通して差別に思いを馳せることに繋がるのではないだろうか。また、このように描写されることで私のように、当事者が自らを物語の中に見出して力をもらえることもあるだろう。それがフィクションの持つとても大きな力であり、些細だけれど世界を変えるひとつのきっかけになるのではないだろうかと信じている。

祖母のように自身のルーツを隠さなければいけないと思わされる社会でなくなるまで、私は反差別を訴えていきたい。そして、これからも『魔法使いの約束』が私たちにどのような言葉を贈ってくれるのか、それをどう受け止めるのかを考えながら物語を楽しんでいきたい。